佐世保線 永尾駅

有田陶器市号 有田 13:35 ~ 肥前山口 14:08

 有田駅から再びJRの駅巡り、ちょうどGW期間中は有田陶器市が開催されているためこのような臨時列車が走っています。その中心地である上有田駅も木造駅舎が残る駅なんですが、陶器市で混雑してそうだったので今回はパスしました。
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佐世保線 肥前山口 15:13 ~ 永尾 15:33

 肥前山口で遅めの昼食を取り、再び佐世保線。お目当ての駅舎がある永尾駅で下車しました。
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 1947年(昭和22年)築の木造駅舎。永尾駅のことを調べていてあれ?っと思ったのですが、永尾駅の開業が1949年(昭和24年)とあります。ここはもともと信号所だったようで、駅舎はその頃に建てられたモノなんだそうです。2年後に駅に昇格したのですね。
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 木枠の窓が良い感じ。木造駅舎は各地に結構残っているけど、窓枠はアルミサッシに変わっているというところが多いのでこれはうれしい。
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 それにしても信号所として建てられたにしては立派な建物です。
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 もともと駅に昇格する予定で建てられたのかもしれませんね。
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 全景を見ると左部分に違和感を覚えますが、事務室部分をばっさりと切り落としているようです。
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 完全Verも見ておきたかったなぁとは思いますが、こうして取り壊さずに残してくれているので感謝しないと行けないですね。
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撮影日:2013年5月2日
カメラ:PENTAX K-5IIs + DA17-70mm F4 AL[IF] SDM


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この記事へのコメント

LM : 2013/06/30 (日) 21:52:46

こんばんは。

永尾駅もおいでになりましたか~。
MRの蔵宿駅も回っておられたようですし、めぼしいところはほとんど回っておいでなので、もし、もう一度来られたとしても、案内する駅がないですなぁ(苦笑)。

永尾駅が信号場として開設されたのは1942(昭和17)年と言いますから、第二次世界大戦真っ只中の頃ですね。
今では電車がスイスイ通る武雄温泉~永尾間は、実は1000の25という勾配があり、SL時代には大変な難所で、後補機としてC11がついて後押ししたそうです。
そうした難所であったからこその信号所設置だったのかもしれません。

一方で、手元の資料では、信号所開設の7年後、つまり昭和24年に、地元の中通村(現在の武雄市山内町)が工費36万9千円を負担して旅客駅に昇格、駅の建設には村民述べ7200人が動員され1年2カ月かかった、とあります。
何分、自分の親でも子供の頃の話(汗)ですから、詳しい事情は分かりませんが、旅客駅昇格のために村民が力を出し合って駅を建てた、というところなのだと思います。

PoW⇒LMさん : 2013/07/07 (日) 02:40:21

LMさん、こんばんわ。
返信が大変遅くなってしまって申し訳ありません。

今回駅巡りをするに当たってLMさんのblogをかなり参考にさせて頂いたので(笑)。
でも山本駅とかまだ行ってみたい駅も残っているんですよ。

電車に乗ってると全然感じませんが、この辺りも鉄道の難所だったんですね。

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